高校生・中学生のネット顔出し文化「なぜ学生は顔を出す」のか?
ネットで「顔出し」=「危険・怖い」と思っていた
例えば、10年前のネットでも顔を出して発信している人は多くいた。ただ、その多くが「メリット」のある人であったように思う。
実業家や、コンサルタントなど事業に直結した人々であったり、有名になりたいと思っている人だったり、タレントだったりと「有名である」もしくは「有名になりたい」と思っている人が多かったように感じる。(これは個人的な体感かも知れないが)
その時の私に「普通の女子高生のいちゃいちゃしたキス動画が大量に見れる」と言ったら、めちゃくちゃ大量に見るのではないかと思う。
そして、今、私は「大量に普通の高校生カップルのキス動画」を大量に見ている。自分で書いてて、気持ち悪すぎる一文だが。
「ネットでの顔出し文化」について、その流行と危険性について考えてみたい。
Mix Channelの顔出し文化がヤバすぎる
顔を自ら出していくスタイルの動画投稿文化
顔出し×ネットで今、一番分かりやすいのはYoutuberやニコ生配信者だろう。これらの人々は「有名になりたい・金銭の獲得を目指す」人々が多く、以前のネット文化での顔出しの動機と大きくは違わないと感じる。
ただ、「何のために、この人達は顔出ししてるんだ...」と感じる動画投稿コミュニティがある。「Mix Channel」だ。
<Mix Channelの「LOVE」カテゴリーの動画。心にくる。観覧注意>
顔出し動画が中心の「Mix Channel」
Mix Channelは高校生・中学生を中心とした動画投稿コミュニティであり、全ての人々が顔出ししている訳ではない。しかし、顔を出して投稿している動画数が非常に多い。カップルの動画はまだしも、「おもしろ」カテゴリの動画も世代が合わないのか笑った経験はないのだが、「心に来る」ものがある。
読者モデルやお笑い芸人もいるが、「普通の」高校生・中学生が大半であり、どのようなメリットがあり、彼らが顔出しするのかを考察してみたい。
なぜ、高校生たちはカップル動画をネットにアップするのか?
Mix Channelを見始めてから半年くらい経つ。これ、ヤバい。顔出しまでのハードルが低すぎる。あまりに危険じゃないかと思うのだが、世代が違うので「危険厨おじさんの指摘」なのかも知れない。
<by:フリー写真素材ぱくたそ モデル[河村友歌]>
特定できる個人情報を開示する高校生たち
全くその後、活用する事はないが「特定できるのか」を試してみるため、ある動画の高校生の制服から学校名までは特定することが出来た。かなり怖いような気がするのだが、大丈夫なのだろうか。
家から撮影した動画等もアップが多くされているが、これらも外の風景や室内の物などから、特定が可能であろう。
<関連リンク:ネットに潜むストーカーの実態 | ノートン>
次に、なぜ彼らは顔出し動画を投稿しているのかを考えてみたい。
「誰でも」コピーできるコンテンツの流行
このサイトの特徴として、「金銭的なメリット」を狙っている投稿者はあまり多くないだろう。あとは「有名になりたい」と思っているかどうかであるが、「承認欲求」はあるものの「アイドルになりたい」等と思っている学生はそれほどいないように見受けられる。
サングラスやマスク等をしていない動画は、同じような作りになっていることが多い。例えば、部屋の中でいちゃいちゃしていたり、一回転してハグしたり、お笑い芸人の真似をしたりと、同じような文脈で登場人物だけが違う作品をみているようだった。
「パロディ」が顔出しをする上でのキーワードでは
このサイトで流行っているコンテンツは、ないものねだり等の楽曲のパロディであったり、8.6秒バズーカ等の芸人のパロディ、CMのパロディやアニメ・ボカロ等のパロディと、パロディが非常に多く見受けられる。
オリジナルのコンテンツもあるが、多くの人気動画はパロディである事が多い。Vineの流れを汲んだオリジナル中心の動画もあるが(いそうな人の真似など)、パロディ文化が主流といっていいだろう。
これらのパロディは「誰でも再現が可能」であり、元ネタを知っている人が多いため、「再生数が伸びやすい」動画である。
またパロディであれば「恥ずかしくない」というのも一つのキーワードかも知れない。お笑い芸人のようなネタを披露するのはオリジナルだと痛いと思われるかもしれないという思考も働いているように見える。
顔出し動画は「パロディ」文化の流れを汲んでいるのでは?
顔出しのキスやハグ動画は検索すれば、一般高校生カップルのこれらのものが大量に出てくる。なぜ、彼らは顔を出してまで黒歴史を量産するのだろうか?大体すぐに別れるのに。
カップルの顔出し文化の一つの考察として、このMix Channelでの「パロディ文化」と「うちら最強」思考があると考えている。
「パロディ文化」とは、上に書いたように人気作のパロディを行い、「誰でも再現可能な」動画の作り方をして「再生数が伸びやすく」自己承認欲求を満たす事ができ、またオリジナルでなく「恥ずかしくない」ような動画投稿スタイルである。
コミュニティを絶対的に賞賛する「うちら最強文化」
もう一つの「うちら最強」文化とは、学生時代などに多く見られる「〜クラス最強」や「〜部最高!」などの自分の所属しているコミュニティを絶対的に賞賛する思考である。
この思考で、自分たちが面白いと思っているクラスメイトとの動画を投稿していることもあれば、この思考を敷衍させて恋愛関係に置き換えて「〜カップル最高!」と主張されることも多い。
そういえば、このネット文化以前に自分たちの恋愛関係を広くアピールできるツールってあんまりなかったのではないかと思う。この妄信的な賞賛思考をアピールできる場として、ネットの動画投稿サイトが活用されているように感じる。
まとめ「銭湯で男女混浴だった...ありえない」と同じになるのか?
以上、顔出し文化について考察をまとめてみた。
- ネットでの顔出しはあまりに危険では
最低でも制服や、学校、景色など個人情報が分からないようなものにしないと危ない
- メリットの少ない顔出しが増えている
金銭や肥大した自己承認欲求ではなく、顔を出すメリットってあるか?
- 「パロディ文化」により、顔出しのハードルが下がっているのでは
- 「関係性」をアピールする動画投稿で「最高!」を伝える
- そしてみんな顔出しへ
他にもご意見等あれば是非教えてほしい。この話題について考えるのが面白い。
ネット顔出し文化の過渡期の今が面白い
これから、顔出し文化が廃れることはないのではないかと思う。「笑える」ものや「羨ましい」カテゴリーのコンテンツは動画であることが大きな強みになるカテゴリーであると感じる。
そして、これだけ多くの人々がはずかしげも無く顔を出している現在において、個人情報を垂れ流し続けるスタイルが戻ることはなさそうだ。絶対的に顔を出した方が再生数等が伸びやすく(ただしイケメン等に限る)、自己承認欲求を満たしやすい。
全ての人が顔出しとなるのでは?
これが進んでいくと、赤信号みんなで渡れば怖くない思考により、ほとんどの人が顔を出してネットをしていくようになるのではないかと思う。Facebook以前と以後だと、実名ユーザーの数が違うように。
この記事も何十年後に見ると古くなるんだろう。銭湯で男女混浴だったのが信じられないように。
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